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ロック少年だった頃

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とても良く晴れた日ですが、気分は晴れず・・・

仕事が決まらないのと、清志郎の訃報のせいか

       

あの日以来、なんだか淋しくて

キヨシロー関係のCD聴いたり、DVD観たり

雑誌や本を読み返したり

そんな日々です

    

そう、そう

You Tueb 凄いことになってます

http://www.youtube.com/watch?v=iP1TulVfcXo&feature=related

特に、これには感動!

よくぞ投稿してくださいましたshine

こんな番組あったんですね~

Cherとキヨシローの目の輝きが

在りし日のロック少年に戻ってて

No.1~No.11まで完全収録で、たっぷり楽しめました!

そしていつの間にか、ボク自身もあの頃の気持ちに・・・

       

RCの『The Rock'n'Roll Show 80/83』

今夜はこのDVDを観てます

Rc

伝説の久保講堂ライヴと人気がピークに達した83年、武道館ライブ

http://www.youtube.com/watch?v=5rrZVGNeQ7o

中でも「お墓」は名曲だと思います!

http://www.youtube.com/watch?v=GC2jEz3zBWA

フォーク時代の演奏も素敵ですね!

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心の琴線に触れる名盤」カテゴリの記事

コメント

追憶 今から34年前高1の1975年の秋の始め、RCのステージを見ました。井上陽水の前座として… 幕が揚がって陽水でないと判った時の観客のガッカリした反応。彼らの演奏を、ろくすっぼ聞きもせず早く終われよみたいな空気の中、青年清志郎の発した言葉は「おらおら、もっと気合いを入れて拍手をするんだ」でした。私は申し訳ない気持ちから手が痛くなるまで拍手をしました。45分から50分位の辛い様なステージ。最後は、ふてくされながらも「聞いてくれてありがとう」と、御礼の挨拶をしていた清志郎。陽水のステージはほとんど覚えていないけれど、その時の清志郎さんの事はずっとずっと忘れられませんでした。信じられないかもしれませんが、ロックの神様と呼ばれる彼にも、そんな不遇の時代があったんです。

投稿: from seiko | 2009年5月16日 (土) 14時38分

from seiko さん

やっぱ陽水、前座でしたね☆彡
陽水とRCはホリプロ時代の同僚、旧友で、同じ暗黒時代を過ごしてて、陽水なんか、取材に行く電車代がなくて、ビン集めで小銭を稼いでたとか
清志郎はヒモ生活、モテたんだろうな♪”
「氷の世界」が売れて陽水は独立、RCは前座で回ってたらしいです
でも清志郎には「氷の世界」に提供した2曲「帰れない二人」「待ちぼうけ」の多額の印税が入って活動資金に
その4、5年後にボクの知人たちがお金を出し合い公会堂でRCの単独コンサートを開催したんだけど、100人も入らなかったような・・・
ボクもバンドの練習後、もらったチケットで駆けつけ、その凄さに衝撃を受けましたね
半年もしないうち「ラプソディ」で人気爆発、新潟でもFOB主催でコンサートになったわけです


投稿: さく | 2009年5月17日 (日) 10時10分

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